ずいぶんと久しぶりのコラムとなってしまいました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
アートギャラリーライフでは今年に入ってエデンベベとジュモー社のトリステと2本特集を組んでまいりました。人形の一覧とページとは異なり、同じ種類の人形がずらっと並ぶのはそれはそれは壮観で、つい作業の手を止めて眺めてしまう時間泥棒な特集なのですが、編集中にふと疑問に思ったことがあります。
それは、「アンティークドールのトリステでこんな小さいサイズ見たことないな……」というものです。
まずは下の写真をご覧ください。最初の3枚はジュモー・トリステ、次の3枚はブリュー・ジュンのサイズが異なる人形たちです。
ご覧いただいたお人形たちは同じ顔のつくりをしているのですが最大で30cmほど人形の大きさが異なります。てっきりトリステやブリュー・ジュンにはお手本の顔があって、各人形師たちがサイズごとにお手本を模写した原型を作ったのか、などと考えていたのですが旅人容子先生にお尋ねしたところ単純明快なお答えをいただきました。それは、「焼成の際に縮小したビスクを原型に、再び石膏型(モールド)を作っている」というものです。
まずはアンティークドールのお顔が出来上がるまでを4工程に分けてみます。
次に、リプロダクトドールのお顔が出来上がるまでの工程を分けてみます。
人形の作り方にも記載しているのですが、この工程4のグリーンウェアは焼成することで20%ほど縮小します。つまり、この縮小したビスクドールのヘッドを原型に再び石膏型を取ることで、原型からさらに小さいお人形を作ることが出来るのです。
しかし、アンティークドールの場合は顔の原型、リプロダクトドールの場合は原型として用いたドール以上に大きいお顔を作ることは出来ません。一説によるとトリステは9号から16号サイズまで作られていたそうなので、市場に出回っているサイズは約40cmから70cmまでとなります。あわせて顔の原型は一番大きい約70cmの人形のヘッド(頭部)をさらに一回りか二回りほど大きいものと推測できます。
ちなみにリプロダクターの制作ブログでたまに見かけるジュモー・アリエールやブリュー・シャンドレですが、ジュモー社やブリュ社の中でそのような名称の人形が作られていたというわけではないようです。
リプロダクターが使用している石膏型(モールド)の多くはシーリー社が供給しているのですが、テート・ジュモーの石膏型にはアリエール、ブリュー・ジュンはシャンドレと名付けられています。もしかしたら、アリエールやシャンドレはリプロダクトの工程01で石膏型を作るために選んだアンティークドールに付けられた名前なのかもしれません。
上の写真と文章を見ていただいた方の中には、もしかしたら目の前のお人形や写真集を見比べて「いやいや、この子とあの子は全然顔立ちが違うじゃない」と思われた方がいるのではないでしょうか。
写真はすべてEJジュモー Deposeなのですが、確かに3体とも違う人形に見えます。
実は中央(スマホだと1行目の右側)のチェスナットカラーのEJジュモーのみがヴァージニア・ラボーナ社の石膏型から作られたもので、他の2体は同じ石膏型から作り出した人形です。
何故こんなに違う印象を持つのかというと、使用している石膏型にあります。
石膏型は消耗品であるため、19世紀の人形工房では同じものを何年も使用することはなかったようです。そのため使用する石膏型によってベースは同じだけど頬の膨らみや目もとのつくりが少し異なる人形が生まれていきました。
最後にご紹介するジュモー・トリステは同じ石膏型を使用し、同時期に作られたものです。
同じ顔立ちながら雰囲気や表情が異なることをご確認いただけたでしょうか。この違いは作家が人形ひとつひとつをどのように捉え、表現したかで変わるように思えます。
さらに前回のグラスアイのコラムでご覧いただいたアイセッティングのように、グラスアイひとつで人形の印象は大きく変わっていくので、正しく全く同じ人形を作り出すことは出来ないのです。
例えるなら、同じ石膏型を使用した人形は一卵性の姉妹、同じ種類でも異なる石膏型を使用した人形は二卵性の姉妹といったところでしょうか。
どれも同じ顔に見えた人形たちがよくよく見るとみんな違う顔立ちや表情をしているというのは面白いもので、今は人形たちにピンとこない方でもいつか運命の出会いがあるのだなと思うと1スタッフながらわくわくするものがあります。アートギャラリーライフではこれからも定期的に人形の特集や写真の追加・更新をしていきます。このコラムをお読みいただいた皆さんの運命の出会いを担うことが出来たらこれ以上嬉しいことはありません。