ビスクドール文化が廃れて優に半世紀は経過しているにも関わらず、未だ多くの人間を魅了し続ける要因の一つに、濡れたように輝く美しい瞳が挙げられるのではないでしょうか。目の前に在りながらどこか遠くを見据える眼差しはアンティーク・リプロダクトドール問わず神秘性を持ち、その美しい面(おもて)も相まって見る者を惹きつけて離しません。
さらにグラスアイには工芸品としての美しさだけでなく、ビスクドールの表情を大きく左右し、魅力を引き出す役割も担っています。きょろきょろと目を動かすフラーティアイの人形は愛くるしさをより増し、上体を倒すと眠るように瞼を閉じるスリーピングアイは強い眼差しが隠されたことでべべドールらしいあどけなく可愛らしい印象を抱かせます。
今回のコラムでは人形の印象を大きく左右するグラスアイについて、その種類や模様の他、実際のアイセッティングの様子をご紹介します。
ビスクドールに使用されるグラスアイは、ペーパーウェイトグラスアイとブロウアイの二つに大別されます。球体関節人形などに使用されるアクリルアイやレジンアイをアイパテで接着し、ウィッグやドレスと同じようにドールアイも頻繁に変えて楽しまれる方もいらっしゃるようですが、工房 ベベタビトでは作家が一番似合うと思ったグラスアイを石膏で固定しています。
ペーパーウェイト(文鎮)の名のとおり、ぎっしりガラスが詰まっていて空洞がないグラスアイをペーパーウェイトグラスアイと呼びます。白目を模した土台に色ガラスで虹彩を描き、その上にガラスを載せたつくりが特徴で、比較的光を拾いやすく、またアイドーム(虹彩に重ねる半球状のガラス)によってこちらを追いかけてくる追視効果が見られます。
ブロウアイに比べいくつか形状が存在することも特徴の一つです。葉っぱやアーモンドの形をしたオーバルタイプの他、円形のラウンドタイプがあり、また背面もピンチング型と呼ばれる白目のふちが膨らんでいるものとフラット型と呼ばれる突起などが何もないものに分けられます。
みなさん一度は細長い筒に息を吹き込み先端のガラスをぷっくり膨らませる様子を見たことがあるのではないかと思います。この吹きガラスと呼ばれる手法で作られた瞳をブロウアイと呼びます。写真のようにぷっくり丸く、中身が空洞になっていることが特徴です。虹彩は色ガラスを用いて描くため表面的で奥行はありませんが、人間の瞳と構造が似ているため非常にリアルな表情を作り出します。
また、虹彩の盛り上がりを持たないブロウアイは、仕掛け人形の瞳に加工しやすいグラスアイです。
工房ベベタビトで仕掛け人形を作る場合、あらかじめ加工用の穴があけられたブロウアイに加工を施しますが、瞼を彩色や睫毛の植毛といった審美的部分だけでなく、針金を通し錘(おもり)をつけるといったギミック的な部分も作家の手で行っています。
虹彩に施された模様は人形の華やかさをさらに強調するように思います。もちろん単色やグラデーションカラーの瞳も美しく、決して見劣りするというわけではないのですが、人形の撮影をしていると何故か模様入りの虹彩を持つ人形に強く惹かれます。(撮影環境は普段生活しているよりずっと明るいのでよりグラスアイが光を拾い、模様が鮮明に見ることが出来るからかもしれません)
グラスアイの模様の主流は放射状または螺旋状にラインを入れたものと、レースのように細いラインが密集しているものなのですが、創作レジンアイの中には虹彩にお花や蝶などが描かれたものもあります。
下の写真はブルー・グレーカラーのグラスアイをセッティングしたA・T(アーテー)ですが、人形のお顔と同じようにグラスアイも全く同じ色味や模様はないため、1体ずつ印象が異なるように見えます。
工房ベベタビトの人形たちの最大の特徴はその生き生きとした表情にあるのですが、この表情もまたグラスアイが大きく関係します。
例えば目の大きさに対して虹彩の大きいグラスアイをセッティングすると、優しげだけれどなんだかぼんやりした表情に、逆に虹彩の小さいグラスアイをセッティングすると険しくも凛々しい表情となります。
同様に虹彩の色や瞳孔の大きさも人形の印象を大きく左右します。虹彩の色味は明るく(薄く)なるほど、また、瞳孔は小さくなるほど人形の印象はよりシャープになり、迫力のある表情を引き出すことが出来ます。逆に虹彩の色味が濃く(暗く)、また、瞳孔が大きくなるほど人形の印象は柔らかく穏やかになります。
では虹彩が明るい色味のグラスアイは必ず迫力のある人形に仕上がってしまうのかというと必ずしもそうではなく、例えば虹彩の縁が少しぼやけたようなくっきりとしていないものを選んだり、瞳孔の色を黒以外で探してみると、上手く柔和な印象を引き出すことが出来ます。この虹彩および瞳孔の印象についてはカラーコンタクトをイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。
また下の写真は実際に行ったアイセッティングの一例です。虹彩のサイズと色味、縁に着目していただくと前述の印象の差がお分かりになるのではないでしょうか。
工房 ベベタビトの人形たちはそれぞれ一番似合うグラスアイをセットしていますが、このグラスアイの選定はなかなか作家の頭を悩ませる工程です。
虹彩の色やサイズだけでなく、白目の部分の角度やペーパーウェイトグラスアイ特有のアイドーム(虹彩に重ねる半球状のガラス)の高さ、アイカットにぴったりフィットする形状のものを見つけ出すのは難しく、時には制作の手を一旦止め、グラスアイの輸入を待つこともあります。
しかし妥協せず、根気強くグラスアイを探すことで、その人形にしか出せない表情を引き出すことが出来るのです。