ビスクドールのビスクは<ビス:二度 キュイ:焼く>を語源にもち、ヘッド(人形の頭部)は必ず磁器で作られています。前身であるファッションドール(ドレスメーカーが婦女子に当時の流行を伝えるために作られた、成人のプロポーションを持ち着せ替えが出来る人形)から子どもの姿を模したべべドールの姿に変わり、ヨーロッパ中を風靡する黄金期を迎えたのち、衰退までは1世紀ほどでしたが、技術の進化と共にビスクドールは様々な趣向を凝らしたものとなりました。
第4回のコラムでは人形の要であるヘッドについて、その作り方の進歩や実際にビスクドールを迎えた際に確認すべきヘアラインの確認方法、メイクやペイトについてご紹介します。
ビスクドールが黄金期を迎える1880年代まで、人形のヘッドは一つずつ顔型に素材を押し込んで型抜きをしていました。これをプレスドビスクと呼びます。プレスドビスクは顔型からくっきりと造形を写し取れること、また後述のポワードビスクに比べ均一した薄焼きが出来ましたが、作業効率が悪く大量生産には向かない手法でした。
その後ポワードビスクと呼ばれる顔型にポーセリン粘土を流し込む手法が確立されたことで、ビスクドールの大量生産が可能となりました。これは現代のリプロダクターも行っている手法で、作業効率が改善された反面、プレスドビスクと比較すると顔型からの造形の写し取りが甘くなることや、ヘッドの厚みによる焼きムラを起こすこともありました。(このデメリットはそれまで職人の手仕事のような製作からたくさんの女工さんを雇って生産するスタイルに変わっていったことや、1890年以降のドイツによる安価な人形の供給によって価格競争・破壊が起こり、検品が甘くなったことが原因とも言われており、必ずしも現代のリプロダクターに当てはまるものではありません)
ご自身がお持ちの人形がどの手法で作られたのかを確認する方法は意外と簡単です。プレスドビスクの場合、ヘッドの内側がざらついており、布目の跡が残っていることが多く、またヘッドのリムが薄くそぎ落とされています。またポワードビスクに比べヘッドが細長かったり、少しいびつで綺麗な円形をしていないことがあります。対してポワードビスクはヘッドの内側までつるりと滑らかな仕上がりになっており、ヘッドのリムは厚めに残されています。
ビスクドールを迎えるにあたって状態の説明でよく見るヘアライン・チップは、それぞれヒビ・欠けのことを指しています。ヒビが暗い色味になっている場合はヘアラインではなく製造時の窯疵といい不備には当たりません。(ヘアラインのようにヒビ割れが進行しないそうですが、ヘアラインの傷もやがて色素沈着して黒くなるので、どちらか判断がつかない場合は修復する方が安心ですね)
磁器製である以上、ヒビや欠けはいずれ起こしてしまうものですが、傷に対して適切な補強を行うことによってこれからの時代も長く愛され続けることが出来ます。当ギャラリーは人形の修復を行っていませんので方法について詳しくご紹介できるものはありませんが、代わりにヘアラインの見つけ方をご案内します。
方法は簡単で、手持ち出来るライトでヘッドをくまなく照らすだけです。ヒビは時間の経過とともに黒ずんできますが、入ったばかりのヒビはヘッドの肌と同じ色をしているため見つけにくいようです。
もしお手持ちの人形でご不安がある場合は、ヘッドを内側から照らしてみたり、表面を様々な方向から見つめて探してみてください。
コレクションをご覧いただくと分かりやすいのですが、ビスクドールはみんなおすましした顔をしているわけではありません。
何か話しかけようとしているようなオープンクローズドマウスや、愛らしく微笑むオープンマウスだけでなく、仕掛け人形のべべ・テトゥール、べべ・ベゼ、キャラクタードールの中にはラフィングジュモーや、泣き出す寸前の表情をしたケストナーベビーなど人形の口元は時代と共に多種多様化していきました。
ビスクドールが作られていた19世紀は歯をつけたり穴を開けたりと手間をかけられているオープンマウスの方が人気だったようですが、昨今だとより古いほうに価値をつける見方や、よりビスクドールの迫力のある美しさが際立つクローズドマウスを求める方が多いようです。
クローズドマウス | ビスクドールの初期からある唇を結んだ造形 人形の迫力や静謐さなど美術品としての美しさが際立つ |
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オープンマウス | クローズドマウスの後に作られた唇を開いている造形 口腔を模した赤い紙や舌が作られている場合もある 歯の本数に決まりはなく、また歯自体もヘッドと一体型したものと、別途歯だけ焼成したものを後付けするものがある |
オープンクローズドマウス | ブリュでよく見る、口をあけて話し始める寸前のような造形 穴はあけておらず唇と同じ色や唇より濃い色で彩色されているが、作家や工房によって異なり統一化はされていない |
ビスクドールの語源が二度焼きであることは前述しましたが、19世紀に作られていたビスクドールは一度目が本焼き(1200℃のビスク焼成)、二度目の焼成はペインティング後に行うメイク焼成(600~700℃の低温焼成)で作られていました。対して現代のリプロダクターがヘッドを作り上げるまでには2回では到底足りない回数の焼成を行います。
これは19世紀の各メーカーの工房と現代のリプロダクターを取りまく環境が大きく変わったことに由来しており、昔に比べ竈(かまど)に使用する燃料のコストが下がったことにより、1回に行うメイクをパーツごとに分けたり、彩色を薄く何度も重ねることが可能となりました。
実際のメイクについてはお顔の造形と同じように、アンティークをお手本に忠実に再現するという方もいれば、工房ベベタビトのように作家が一番美しい・可愛らしいと思う姿を作り上げる方もいます。
ちなみにアンティークドールのメイクは、フレンチドールの代表格ジュモーを例に挙げると、初期はファッションドールの系譜を引き継いでいるためか、肌は白く眉も薄く細く描かれています。近代ヨーロッパの女性のメイクは中世から引き続き青白さが重視されていたようですので、べべドールの前身であるファッションドールの肌が白いのも納得できます。
また手元の写真集でビスクドールを製造年ごとに見ていくと、次第に眉頭が近く、眉間が狭くなっていくのですがSFBJに加入後は次第に離れていく人形を多く見ることが出来ました。写真集では先述のジュモーと同年代に作られたゴーチェやランベールの人形も同じようにメイクが変遷しており、あくまで個人的な見解なのですが19世紀後半から20世紀初めの流行だったのかもしれません。
SFBJによるキャラクタードールが生みだされると、グーグリーなど極端に眉頭が離れた人形も作られました。ビスクドールは次第に美術品から子どもの遊び相手と変わっていきましたが、ジュモーやブリュなどは美術品の側面を持つゆえにおままごとをする年代の子どもには買い与えなかったという話もあるので、本当に当時の子どもがおままごとをする相手は比較的安価で、親しみやすい顔をしたキャラクタードールだったのかもしれません。
以下①~⑨の写真は【アンティック フランス人形の世界 / 後藤敬一郎】より転載したものです。
下の写真の通り、ヘッドの後頭部は額あたりから首の付け根に近い部分まで大きく斜めにカットされています。これはグラスアイやオープンマウスの場合は歯や舌を後付けする為です。しかし、このままではウィッグやボネなどを被せてもずり落ちてしまって固定できないため、後頭部に丸みをつけたペイトを被せます。アンティークだとフレンチはコルク、ジャーマンにはカードボードと呼ばれる厚紙をプレスしたものを使用していたようです。しかし天然素材である以上虫食いが発生したり、経年劣化での破損、そもそもヘッドに合わせた形成も難しいことから現代のリプロダクターはスタイロフォーム(硬い発泡スチロールのようなもの)を削って作ることが多いようです。
ウィッグはポージングだけでなく移動やボネの被せ方でどうしてもずれてしまうので、アートギャラリーライフで展示している人形たちはマチ針などで仮固定しています。アンティークドールはペイトにウィッグが接着されており、着せ替え作業もなかなか骨が折れるようですので、抵抗がない方は針での固定を、針が心配な方は少し手間がかかりますが面ファスナー(マジックテープなど)をコルクとウィッグに縫い付けて固定させる方法をお勧めします。
最後に、ここまで人形のヘッドの造形やメイクの話をしてきましたが、人形を迎える基準にするのではなくあくまで参考程度として、ご自身が一番惹かれる人形をお迎えいただくことが一番だと思います。
当ギャラリーの人形が末永く皆さまのお手元で愛されること、また皆さまによき出会いがありますことをお祈りしております。
第5回のコラムではビスクドールの二大生産国であるフランスとドイツで作られた人形たちの違いやそれぞれの特徴を写真とともにご紹介していきます。
≪ 参考文献・WEBサイト ≫
アンティック フランス人形の世界 / 著 後藤敬一郎
西洋人形 / 著 中村公一 名鏡勝朗
THE BEAUTIFUL JUMEAU / 著 FLORENCE THERIAULT